新田家の墓へ

あけるです。


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車を走らせてみると仕事へ行く予定だったつくば市の隣ということで新田義貞公のお墓のある龍ケ崎市の金龍寺にはスムーズに行くことが出来ました。

 

それはもうここまで来るのに紆余曲折ありすぎましたから、丁寧に丁寧にご挨拶をし、時間をかけてお墓参りさせていただきました。

 

境内を歩くと地蔵菩薩の像があり、

弥勒が現れるまでの間一切の衆生を救うと決めた存在だそう。これでまず1つゾクリ





お墓の入口には新田家の家紋らしき、新田義貞公の横一文字に丸が3つ入った形。



お墓を探すとすぐに立て札があり見つかりました。



 

感慨深く1時間ほどご挨拶とその場での瞑想を。

雨で今日は休みでしたが、参拝時には完璧すぎる雨止み。もちろん参拝時雨降らない率100パーセント更新中です。

一礼八拍手ご挨拶とニ礼してからの黄金の巻555のひふみ祝詞をあげさせていただきました。

 

瞑想時は、退行催眠の誘導音声を聴きつついると、いろんなお声での義貞様という声が聴こえました。

甲冑を着たイメージもありました。

 

お墓の後ろにふと気がついて振り向くと、

新田義貞公のお墓の後ろは渡邉家のお墓が並びます。

 

ここはもう、一瞬で悟りました。

 

かごめかごめの節

後ろの正面は渡邉家の墓。

 

自分が世界で認められた時の作品は

かごめ唄を題材にした

「陽の当たる場所へ」という作品。

 

それをサポートしてくれた人物が同じ渡邉の名を持つ人でした。彼は自分に前年の全国大会の出演が終わったところに待ち伏せをして、来年ぜひ手伝わせてくださいとコンタクトされてきました。

その時、自分は来年は5人ですよ?大丈夫ですか?と言うとやりましょう!と一向に怯まず協力してくれました。

 

団体がなくなるかどうかの境目で作り出したショーはまさかの全国大会への切符を手にし、一般のマーチングバンド部門で歴代最年少グループでの銀賞を獲得するという奇跡を作りました。

 

それを観て、ひなりさんにショーの参考事例のためにリーディングを受け素晴らしいリーディングのショーを作られた方はその年、唯一涙したショーだったと連絡を当時いただけました。

坂上田村麻呂の転生の方で天才です。

 

自分にとって新田義貞公の参拝行脚は、徳川発祥と縁の深いことを知ったり、かごめからのメッセージを受け取ったことになるのかなと感じました。

驚くばかりです。

 

ひなりさんとツインレイの関係の陰陽の陰である自分には陽の当たることを渇望したような想いを出したショーです。

 

渡邉家のお墓にもご挨拶をしてきました。

 

お墓には梵字も彫られています。

 

自分の腕にある名古屋城の城壁で確認した梵字のような字も思い出しました。

 

何せ盛り沢山です。

 

自分も縁が多い愛宕

 

聖観音

 

駐車場に戻ると突然鳥が木から飛び立ったのか

梅か柿のような実が足元に落ちてきました。


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知った場所に向かうことで何か動くような気がしています。

 

そして、参拝後所用で立ち寄った銀行は

それもびっくり。

 

昨年カウンセリングしていただいた

光孝天皇の転生の方のいる場所もとても近い。

 

ご挨拶だけして帰ります。

 

写真が重いのか全ての画像付きではアップできず😖