前世をたどる旅

あけるです。

 

前世を巡る旅

紆余曲折して新田義貞墓所まで先日たまたまピンポイントで行くことが出来た訳ですが、
辿れば辿るほど人生がかぶることが多い人物。
近松門左衛門浄瑠璃の演目忠臣蔵新田義貞が生きていた頃の南北朝時代を元ネタにしてるとか。

東京にいた頃は千住にいましたし、
そこは八幡太郎源義家の祀られてる千住神社もありますし、新田義貞はその流れの人物。

足利尊氏の前世に縁を持つ方は東北にいらっしゃる。

歴史上では同じ家系にありながら争う事になった人物たち。
でも自分的には身近にあったお名前で全く嫌さもない。
足利尊氏の嫡男千寿王との繋がりのあった新田義貞、弟の脇屋義助これもまた人生では字こそ若干変わりますが、その名字の方にお世話になっていたこともあり、今の自分があるのはそのおかげでもあります。


全く関心のなかった治水工事に至ることもその流れを持つ先祖は関係してる。
そこに東北の伊達家も関与していたり、
何にもできないけどその現場を知ったり経験をすることになってる事が不思議。

南北朝時代一休さんとかショーにした頃、教材研究で図書館に何度も通い資料読んだりしてました。

2回してるので勉強したのを思い出します。

現世も前世で経験していたことを辿ったりその課題に向かっているとよく聞きますが、
実際に時間を使って追跡するとナルホドなと実感する事ばかりです。

障害者支援で3ヶ月のうちのたった6時間でグンとその方の人生を知ってる方を知ることが増えたり、何度も何度も喜ばれる姿を見ての実感で、先祖追跡から始まったその人にできる事の探索もひなりさんによるリーディングが入って前世が加わり、
記憶のロックを外していくような作業。

 

改心ともいうのか、今関わる人たち皆さんからあの手この手で自分の至らないところを教えていただいて納得するところまで来ました。

ひなりさんも疲れ果てて投げたところなので、

今はその有り難さも身にしみます。

これから実践に落として癖直し。

1つ足りないことが進むと検証も進む。

知りたいことを知るには

自分の至らないところは直してくしか道がなさそう。