そうだ、、、

あけるです。

 

昨日は、お世話になっていた尚ちゃん先生の誕生日だった。

 

もう亡くなられて2年目。

 

尚ちゃん先生も僕の人生では転機のキーパーソン。

ひなりさんに似ている面影のある人。

 

昔激飛ばされてた。

その気があるならダンプでもなんでも乗らなきゃってね。

 

今はその通りダンプにも乗ってます。

自分の世に出る可能性を見てくれてた人だった。

 

娘さんはデビューして歌って踊るユニットのリーダーにもなってる。

 

尚ちゃん先生の作られた曲でもう一度ショーを作りたかったな。

 

自分は全国各地を回れるようにして各地でコラボしたいと動いてる今。

 

やりたいことと仕事を両立したい方向には向かいつつあります。

 

ひなりさんたちが東北のことをしてる間に、

自分は邪馬台国その他の縁の地を巡る。

 

尚ちゃん先生とのラストシーズンは

2004年に作った岩戸開きのショー

尚ちゃん先生が曲を書いて、自分が動きをつけた。

振付師も今や全国にその名を轟かせてる方。

 

当時NHKに放送されたマーチング特番でまさかの抜粋シーンがひふみの数え歌のシーンていうね。

 

今になってみれば、

完全に前振りにしか思えない。

 

このときの全国大会の帰りに

氷治さんとこの後の鯛吉のお母さんの忍が印旛沼で散歩中に逃げ出して捕まえて、忍と散歩しながら

鯛吉が生まれたらいただきたいとか、日立での昔話を聞いてたのを思い出します。

 

尚ちゃん先生

こちらも何とかやってます。

 

まだしばらくは中間世界にいらっしゃるかな。

やり遂げるとこ見てもらえたら嬉しいですね。