新田四天王

あけるです。

 

北極主祭神なるキーワードを見つけて、

じゃあ南極主祭神とやらはいないのかとインスピレーション

 

そしたら出てくる出てくる

新田義貞に仕えた

新田四天王の一人篠塚重広

恩師の名前を持つ新田義貞公の弟

脇屋義助にも仕えてるという。

伊賀というキーワードも出てくる。

桓武平氏筋の人物であるようだ。

後の徳川家が新田家を発祥としたとき、

徳川家の忍びといえば伊賀が思い当たるが、そのきっかけになっていることはないのかと調べたくなる。

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%94%AF%E7%94%B0%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE

土支田八幡宮というとこが出てくる。

南極の氷を井戸に入れたところもあるらしい。

氷がその土地の情報を持っているとしたら、そこでリーディングするとなにかわかるかも。

 

南極へ向かった当時はフーチとか使った審神者することが盛んだったと想像する。

理由をつけてリーディングする口実をつくっていなかったか。

そこを思うところ。

 

話は戻って新田四天王に行き着くと

伊予国も出てくる。

 

そして秦氏縁ではなかろうかという新田四天王の一人も出てきます。

畑時能

がその人。

自分の誕生日10月22日に矢を受けて三日後に亡くなったというエピソードを持つ。

 

四天王にはいろんなエピソードがあり、

斯波氏と凄絶な籠城戦を繰り広げ、

身内の血肉を喰らい抵抗したという記述もある。

 

四天王の人物たちの縁の土地も訪ねていたり仕事していたりするので事前に寄らされていたかと感心しながら、

調べたくなること満載です。